昨日のメランコリックなオーム貝の表情が忘れられなくて、つい思い出したジャスト・タイムリーなOcean Dream Essay 第3弾『落日のヨットハーバー』をお届けします。
ヨットハーバーでのメランコリックな回想がテーマのエッセイです。
[Word]
『落日のヨットハーバー』
ホテルから夕暮れのヨットハーバーに自然と誘われて足が向かった。
停泊しているたくさんのヨットの白い影を
ぼんやりとうつろな目で追っている。
整然と並んだその姿は
大海原の航海という役目を終えて、
ひっそりとした佇まいで小刻みに揺れている。
懐かしい潮の匂いが
忘れかけていた記憶を呼び戻そうとするかのようだ。
そして、私にはその無数のマストが
戸惑っているような動きに見えてしまう。
時折どこからか聞こえるヨットの船体がきしむ音も、
船の泣き声のように聞こえてしまう。
沖の方に目をやると、
そこにはぽつんと取り残されたような灯台の小さなシルエット。
それは、帰らぬ人を待っている寂しそうな人影。
遙か向こうでは、
いつのまにか水平線近くに迫った大きな夕日が輝きを増していた。
ニュージーランドの風景は何もかもスケールが大きいのだ。
『今日は波が荒れそうだからやめとけよ!』
と言ったのに
『近いうちに一緒に出かけようぜ!』
と顔いっぱいに笑顔を浮かべて、
大きく手を振りながら沖に出かけていった彼。
一末の不安を抱きながらも
精一杯私も手を振ったのに
・・・それっきり、私の無二の親友はもう戻ってこなかった・・・
日本からこんなに離れたニュージーランドの海で
行方を絶ってしまった。
彼とは、学生時代にヨットを始めたときからの数十年に渡る
長く深い付き合いだった。
いつも強引で無鉄砲な彼は
何事にも慎重な私とは対照的だったが、
ヨットの世界では、いつも彼のこの性格が
豪快なセイリングの原動力になっていた。
そういう彼が憧れ、目標にしてきた
アメリカズカップ開催の地、オークランド。
今は亡き彼を偲ぶため、彼の大志を確かめるため
私は今ここにこうして立っている。
豪快さと美しさを兼ね備えたヨットレースの最高峰アメリカズカップ。
ヨットマンの誰もが憧れる世界の晴れ舞台。
そこでは屈強なヒーローたちが、
風を味方につけ、波に立ち向かう。
その栄光に満ちた華やかな舞台には
こういうロケーションこそがふさわしい。
この地に命を散らしていった彼が幸せなのか、
こうして残ってしまった私が幸せなのか?
あの時は、なぜ?なぜ?なぜ?という疑問符を
海に向かって何度も投げかけていた私がいた。
でもあれから、走り去るように数年の時が流れ、
そういう記憶を遠くに運んでいってしまったようだ。
潤んだ目の中の信じられないほど大きく見える真っ赤な太陽。
人の運命をもあっけなく飲み込んでしまう大海原。
その恐ろしさとは裏腹に、
穏やかで美しい表情を見せる水平線。
今はもう、
そのかなたに
彼の面影がゆっくりと沈んでいくのを見守るしかない。
[Music]
1.Kalapana / Strolling on the Seashore
2.Soraya / If I lose you
3. The Beautiful South / I'll Sail This Ship Alone
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